このブログに来る方は、幸せな猫が見たいと思ってこられるでしょう。
生きるのに必死な野良猫を見て笑顔にはなれないですよね。
興味がないということでなく、可哀相だから見られないという方もいると思うのです。それも人の優しさの一面です。
この記事では夏の帰省時に会った外猫達の紹介をします。
非常に長い記事でちょっと辛いお話もあります。
この記事では笑顔にはなれないことを、あらかじめお伝えしておきます。
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わたしが会って来たのは、以前
「そとにゃんレポート」で記事にした子達。
面々はずいぶんと変わっていたが・・・。

前回記事から訂正することがある。彼らは正確には野良ではなく飼い主がいた。ちょっと変わっているのは、飼い主がホームレスの方で、猫と一緒に河原に住んでいるということだ。初めて行った時にもそのおじさん(飼い主)はそばにいたが、当時はただの猫好きな方だと思ってた。
おじさんには家がないけど、とても礼儀正しい方で、生き物を大事にする心優しい方だ。毎日猫達にご飯をあげ(たまにご近所の猫好きな方もやってくる)、虚勢避妊手術や医療行為も受けさせている。ノラ猫に安い費用で手術を施してくれる遠方の病院を知ると、自転車やバスに乗って猫を連れて行く。さらに猫が増えないように。
ボランティアの方の援助で手術を受けた子もいる。
耳先のカットは手術済であるという印
この子は病気で片目の視力を失った。おじさんはわたしよりずっと医療知識がある。何度も医者に行き熱心に話を聞いているのだろう。目ヤニ鼻水でミルクが飲めない子には口からスポイトで流し込んでやり、目の悪い子には目薬を差し、よく猫に話しかけ、撫でてあげ、愛情をかけて接しているのがそばにいてよくわかる。きっとご自身の生活だって大変だと思うのだが…。
目薬をさしてもらった子
今回行った時、以前のそとにゃんレポートで登場したクロちゃんは事故で亡くなっていた(おじさんの前でだ)。チビクロちゃんも死んでいた。白サバちゃんは幼いうちに行方不明になった。元気がなかったし、どこかで亡くなっているのだろう・・・。

毎年、もらわれたり病気や衰弱で数匹が亡くなってしまうが(主に子猫)、同じくらいの捨て猫がまた増える。おじさんの努力にもかかわらず、この場所に捨て猫は絶えず、今回行った時にも5匹の新入り子猫がいた。悲しいことにおじさんの善意が、この場所にまた猫を連れてきてしまう。自分の責任を人に任せてしまう人がいる。

3匹の猫は兄弟で、しっかりしたケージに入ってフードと一緒に捨てられていたそうだ。他の1匹は黒い子猫。毎年黒い子猫が捨てられる。歴代3匹の黒猫が皆同じ顔つきをしている。同じ元飼主が、ここに捨てに来るんじゃないかと話していた。
おじさんは、無責任に猫を増やし簡単に捨てる人に憤りを感じている。また野良猫というだけでゴミのように扱う人たちにも。この春おじさんが保護した2匹の猫は、体中が粘着剤でベタベタになっていたそうだ。(こんな
ネズミ捕りシートが原因かも)。どうしても取れないので1匹は毛を丸刈りにしたが、弱っていたもう一匹は衰弱死したそうだ。敷地に猫が来ないようこんなシートを仕掛けたり、毒をまく人もいる。生まれたばかりの子猫を生きたままゴミ袋の中に入れ、生ゴミと一緒に捨てる人もいる。川に捨ててしまう人もいる。彼らにとって猫は生き物じゃない。
今回一番心に残ったおじさんの言葉
「猫は何も悪くないんです。こいつらは人の助けなしでは生きていけないんです」
本当にそうだと思った。
自然の摂理の整った場所で生活しているならともかく、人の暮らすごみごみした町中で人の保護なく生まれてしまい、嫌われて追い払われて、どうやって生きていけばいいのか。河原にいる子達はまだ幸せな方だろう。食うに困窮することはないし、おじさんの愛情を受け、力尽きても悲しみ墓を作ってくれる人がいる。世の中にはもっと苛酷な環境下の子達がたくさんいるのだから。

でも、無条件に猫をゴミ扱いする人と違い、わけあって猫を追い払う人の立場も理解しないといけないと思う。糞害、敷地進入、わたしも庭にされる外猫の糞掃除を毎日していた時期がある。気持ちいいもんじゃない。その猫は飼猫だった。人を怖がり避ける野良猫よりも、飼猫の方が他人に迷惑をかけている場合があるかもしれない。それは猫でなく飼主の責任だ。野良猫にエサをあげる人でも、後始末をせずに匂いや糞で他人に迷惑をかけているかもしれない。生き物は、動かずエサを食べず糞をせずして生きられない。悪いのは猫でなく人間、猫は生きようとしているだけ。

おじさんの言葉
「猫を飼っている人は、生まれる子のことも考えて欲しい。
飼えないならちゃんと手術してやって欲しい」わたしは肉も食べるし、健康でいられるのも他の命の犠牲あってこそだと思ってる。人のために死ぬ目的で生まれてくる命もあるけれど、人は猫に「生きるな」という行為をしながら、なぜ生きるに困る猫をまた産ませてしまうのだろう。おじさんの切実な言葉を、他の人にも知って欲しいと思った。

こんなことを書いておきながら、わたしは野良猫に「可哀相」としか言えなかった人間だ。目の前に路頭に迷う猫が現れたらほっておけないが、日本中(世界中)いる明日死ぬかもしれない子のために何が出来るか考えると、限界を感じる。毎年日本で数十万頭の犬猫が殺処分される。でも下記のブログを見てから、少しだけ自分の心に改革が起きた。
ジュルのしっぽー猫日記ー 野良猫問題を行政や地域の人にも働きかけた記事が目からウロコ。また身近に住む野良猫を捕獲し手術を施すなどhana*さんご夫婦の行動に感銘した。
地域猫の作り方 猫嫌いな人ともコミュニケーションをはかり、守るべき最低限のルールで、地域で猫を飼育管理しようとする「地域猫」。このブログで初めてそんな言葉を知った。
そしておじさん含め、外に暮らす子達のために実際働いている人、
家に保護し里親探しをする人、彼らのために自分の時間や労力を使っている人。
お恥ずかしい事だけど、わたしには上記の方々のような行動力はない。でもそんな方々のブログやそのコメント、活動を拝見し、自分に出来る身近なことを、無理せずやっていけばいい、そう思ってる。何にも出来ないゼロよりはいいんだ、と。
わたしが出会った河原の猫たち。遠くにいるけど、わたしには身近な猫達だ。これからもいろんな面で助けになりたいと思ってる。遠くにいてめったに会えない。だから負担を感じないずるい人間かもしれない。おじさんは、厳しい冬が来る前に、子猫たちに体力をつけさせなければと話していた。次に会う時までに、何匹の子がりっぱに成長しているだろう。

そして今一緒に暮らす子達を幸せにしてあげること。家猫は野良猫に比べると、その暮らしぶりが天と地だろう。矛盾を感じてしまう事だってある。でも人の愛情を受けて暮らす猫は幸せだし、飼主も他の人をも幸せにする。人に冷たくされたが故に甘え方を知らない猫、そんな猫しか知らない人、もしその人たちが幸せな猫を見て、猫ってのは可愛いとこもあるんだと少しでも思ってくれたら、それはゼロよりいい。
ただ今も外で必死に生きる子達を忘れないように、
彼らが一分一秒でも穏やかな気持ちを味わうことが出来るよう、願ってる。
「猫は何も悪くないんです。こいつらは人の助けなしでは生きていけないんです。」
「猫を飼っている人は、生まれる子のことも考えて欲しい。」
おじさんの言葉が、1人でも多くの人に伝わりますように。
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野良猫問題についてはみなさんいろんなお考えをお持ちでしょう。
そして人が他の生き物の数をコントロールする虚勢避妊手術についても
賛否両論あることは承知です。
コメントはお受けしますが、お返事は致しません。
また不快なコメントや、各地捨て猫の多い場所に言及するようなコメントも、
即削除させていただきます。