2007.02.15 Thu
遠くにいてネコを思う 2
この記事は、去年の12月に書いて保存していたものです。
いちごに似た、昔飼っていた女の子を想って書いたものです。
その子は、そろそろ避妊手術を受けなければという、いちごと同じ年頃に亡くなってしまいました。以前にも、他の子のペットロスの記事は書いたけど(遠くにいてネコを思う)、重いものだし長いので、興味のある方だけどうぞ・・・。
**************ちびたという猫のお話**************
冬の雨の日。
家の外から、助けを求める子猫の鳴き声が聞こえてきた。
心配になり声の主を探すと、あるお宅の軒下で三毛の子猫を見つけた。
心細かったんだろう。一生懸命鳴いていたのに、抱きかかえるとピタリと鳴きやみ、
喉を鳴らし始めた。
ジャケットの中に入れて温めてあげ、傘をさしたまましばらくその場に座り込んでしまった。すっかり安心しきっている。さて、これからどうしよう・・・。
うちにはすでに2匹の猫がいたし、両親はわたしほど猫好きではなかった。
で、わたしが下した結論は、親に隠れて飼うってこと。
自分の部屋にその子をかくまって、猫用ミルクも買ってきてこっそり飼い。

保護した当時のちびた
でも1週間もしないうちに、猫缶が親に見つかってしまった。
とくに文句を言う事もなく、両親はその子猫を家で飼う事を承諾してくれた。
わたしには確信犯的なところがあったのかもしれない。
わたしの母親だって、迷い猫を見つけると家に連れてきてしまうような人だったから。困っているなら寝床と食べ物くらい与えてあげましょう、そんな感じの親だったもので。
それからのちびたときたらわたしにベッタリで、行く所行く所について来た。
夜は必ず布団の中に入ってきて、わたしを寝不足にしてくれた。

ブチな肉球がいちごと同じ
ちびたと出会って1年もせずして、わたしは結婚し家を出ることになった。
猫らは連れて行けなかったので実家に預け、離れ離れの生活がスタート。
2、3週間に1度、車で一時間ほどかけて会いに行くという生活になった。
たまにしか会えなくても、会った時にはまたベッタリ、夜には同じ部屋で寝て、
翌日寂しい思いでサヨナラをした。
ある時、わたしは2泊3日で旅行する事になり、行く前の休日にちびたに会い、
いつものようにサヨナラをした。
旅行から帰ってくると、実家からの留守番電話が一件。
用件もなしで、「またかける」と。
こちらからかけなおすと、信じられない事を言われた。
「ちびたが、死んだよ」
「え?」

ちびたは室内飼いではなかった。自由に外に出入りしていた。
死に方から、たぶん猫にはよくないものを口にしてしまった中毒死だったらしい。
暑い時期だったので、わたしが旅行中に火葬も埋葬も終わってしまっていた。
電話を受けてからすぐ、車で実家に向かった。
車の中では現実を受け入れられず、頭の中は元気な姿のちびたを想像してばかりだった。助手席から流れる窓の景色を眺めながら、たくさん涙が出てきたことを覚えてる。

実際、実家にはちびたの姿はなかった。
少し開いた扉を出入りする姿、
食器棚にのって相手をして欲しそうに眺める姿、
尻尾を立てて足に絡み付いてくる彼女の姿はなく、
彼女を失ったという現実を受け止めた。
彼女が死ぬところを見たわけじゃない。
彼女の亡骸にも会っていない。でも、もういない。
可愛い元気な姿でサヨナラして、突然、二度と会えなくなってしまった。
ただ・・・
ちびたの最期は安らかな形ではなかった。
外から帰宅した直後から具合が悪く、痙攣していたらしい。
そして最後は泡をふいて、寝たまま30センチほど体を跳び上がらせてから息絶えた、と。
苦しみながら死んだんだ。
もし自分がその場にいて最期を看取っていたなら、耐えられなかった。
だから、元気な姿のままわたしの前から姿を消した事は、ある意味慰めにもなった。
ちびたの姿は、今のいちごに重なる。
女の子で、お腹や手足が白くて、甘えっ子で同じくらいの年頃の彼女と。

ちびたを想うと、いちごには彼女の分まで長生きして元気で過ごして欲しいなと思う。
相手が動物であれ、愛着ある者がそばに居る事は当たり前すぎる。
自分から遠くへいってしまった時に、その存在の大きさを再認識すると言うか、
心にぽっかりと穴が開いてしまう。
"ぽっかり"という言葉はまさにその通り。
時間も周りの生活も普段どおりのまま進んでいるのに、
大事に思う存在だけがそこからなくなっているのだ。
亡くなった者を思い出すと、身近な者の大切さを感じる。
当たり前な存在でいいと思う。
でもたまには、ちびたが一緒にいてくれたことや、
レオやいちごが今そばにいてくれることを、感謝したいと思う。
ちびたを飼っていた頃はデジカメなんてなかった。フィルムですよ。
だから一年も一緒にいられなかったちびたの写真は、全部で7枚だけ。
もっともっと、元気な姿を残しておいてあげれば良かった。
いつまでも、心の中では元気な姿のままなんだけどね。
*****************************
体調についてご心配頂ありがとうございます。ただの風邪です。
小さい兄ちゃんは学校に行きました。わたしは若くはないので、
もうしばらくのびていようと思います m(_ _)m
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いちごに似た、昔飼っていた女の子を想って書いたものです。
その子は、そろそろ避妊手術を受けなければという、いちごと同じ年頃に亡くなってしまいました。以前にも、他の子のペットロスの記事は書いたけど(遠くにいてネコを思う)、重いものだし長いので、興味のある方だけどうぞ・・・。
冬の雨の日。
家の外から、助けを求める子猫の鳴き声が聞こえてきた。
心配になり声の主を探すと、あるお宅の軒下で三毛の子猫を見つけた。
心細かったんだろう。一生懸命鳴いていたのに、抱きかかえるとピタリと鳴きやみ、
喉を鳴らし始めた。
ジャケットの中に入れて温めてあげ、傘をさしたまましばらくその場に座り込んでしまった。すっかり安心しきっている。さて、これからどうしよう・・・。
うちにはすでに2匹の猫がいたし、両親はわたしほど猫好きではなかった。
で、わたしが下した結論は、親に隠れて飼うってこと。
自分の部屋にその子をかくまって、猫用ミルクも買ってきてこっそり飼い。

保護した当時のちびた
でも1週間もしないうちに、猫缶が親に見つかってしまった。
とくに文句を言う事もなく、両親はその子猫を家で飼う事を承諾してくれた。
わたしには確信犯的なところがあったのかもしれない。
わたしの母親だって、迷い猫を見つけると家に連れてきてしまうような人だったから。困っているなら寝床と食べ物くらい与えてあげましょう、そんな感じの親だったもので。
それからのちびたときたらわたしにベッタリで、行く所行く所について来た。
夜は必ず布団の中に入ってきて、わたしを寝不足にしてくれた。

ブチな肉球がいちごと同じ
ちびたと出会って1年もせずして、わたしは結婚し家を出ることになった。
猫らは連れて行けなかったので実家に預け、離れ離れの生活がスタート。
2、3週間に1度、車で一時間ほどかけて会いに行くという生活になった。
たまにしか会えなくても、会った時にはまたベッタリ、夜には同じ部屋で寝て、
翌日寂しい思いでサヨナラをした。
ある時、わたしは2泊3日で旅行する事になり、行く前の休日にちびたに会い、
いつものようにサヨナラをした。
旅行から帰ってくると、実家からの留守番電話が一件。
用件もなしで、「またかける」と。
こちらからかけなおすと、信じられない事を言われた。
「え?」

ちびたは室内飼いではなかった。自由に外に出入りしていた。
死に方から、たぶん猫にはよくないものを口にしてしまった中毒死だったらしい。
暑い時期だったので、わたしが旅行中に火葬も埋葬も終わってしまっていた。
電話を受けてからすぐ、車で実家に向かった。
車の中では現実を受け入れられず、頭の中は元気な姿のちびたを想像してばかりだった。助手席から流れる窓の景色を眺めながら、たくさん涙が出てきたことを覚えてる。

実際、実家にはちびたの姿はなかった。
少し開いた扉を出入りする姿、
食器棚にのって相手をして欲しそうに眺める姿、
尻尾を立てて足に絡み付いてくる彼女の姿はなく、
彼女を失ったという現実を受け止めた。
彼女が死ぬところを見たわけじゃない。
彼女の亡骸にも会っていない。でも、もういない。
可愛い元気な姿でサヨナラして、突然、二度と会えなくなってしまった。
ただ・・・
ちびたの最期は安らかな形ではなかった。
外から帰宅した直後から具合が悪く、痙攣していたらしい。
そして最後は泡をふいて、寝たまま30センチほど体を跳び上がらせてから息絶えた、と。
苦しみながら死んだんだ。
もし自分がその場にいて最期を看取っていたなら、耐えられなかった。
だから、元気な姿のままわたしの前から姿を消した事は、ある意味慰めにもなった。
ちびたの姿は、今のいちごに重なる。
女の子で、お腹や手足が白くて、甘えっ子で同じくらいの年頃の彼女と。

相手が動物であれ、愛着ある者がそばに居る事は当たり前すぎる。
自分から遠くへいってしまった時に、その存在の大きさを再認識すると言うか、
心にぽっかりと穴が開いてしまう。
"ぽっかり"という言葉はまさにその通り。
時間も周りの生活も普段どおりのまま進んでいるのに、
大事に思う存在だけがそこからなくなっているのだ。
亡くなった者を思い出すと、身近な者の大切さを感じる。
当たり前な存在でいいと思う。
でもたまには、ちびたが一緒にいてくれたことや、
レオやいちごが今そばにいてくれることを、感謝したいと思う。
ちびたを飼っていた頃はデジカメなんてなかった。フィルムですよ。
だから一年も一緒にいられなかったちびたの写真は、全部で7枚だけ。
もっともっと、元気な姿を残しておいてあげれば良かった。
いつまでも、心の中では元気な姿のままなんだけどね。
体調についてご心配頂ありがとうございます。ただの風邪です。
小さい兄ちゃんは学校に行きました。わたしは若くはないので、
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